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仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(う)136号 判決

被告人 佐藤孝三

主文

原判決をいずれも破棄する。

淫行勧誘、児童福祉法違反被告事件(第一三七号事件)中淫行勧誘被告事件を秋田地方裁判所大曲支部に移送する。淫行勧誘被告事件(第一三六号事件)を原裁判所に差し戻す。

本件控訴の趣意は弁護人A同K各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

第一三七号事件(児童福祉法違反等被告事件)につき、

A弁護人の控訴趣意第一点中Tの年令に誤認があるとの点及びK弁護人の控訴趣意第一点について、

原判決挙示の証人佐々木清高、佐々木正男の各供述記載(第二回公判調書)及び斎藤隆夫の検察官に対する供述調書によれば同人等がTと淫行をしたのは清高が昭和二十八年十月十九日頃か同月二十六日頃の一回、正男が同年十月か十一月頃の二回、隆夫が同年十月末頃の一回ということになつている(佐々木清高の検察官に対する供述調書では十月十九日頃と同月二十六日頃と二回となつている)のでTが同人等と淫行をしたのは同年十月十九日頃から十一月頃までの間と認めなければならない。

しかるに当審証人伊藤ミサ、同富樫キクエの各供述(第四回公判)同証人富樫富治の供述(第二回公判)及び当審において取り調べた産婦取扱名簿(証第三号)によるとTが出生したのは昭和十年十月十二日であることが確認でき同人の身上調査書等公の出生届出に基く生年月日(昭和十年十一月十七日)は何等かの事情による不実の申告の結果といわねばならない。従つて同女が被告人の勧誘に基き前記佐々木等三名と売淫行為をしたとされる日時が右認定のとおり昭和二十八年十月十九日頃から十一月頃までの間である以上、同女は既に満十八年に達していたこととなり、児童福祉法第三十四条第六号に規定する「児童に淫行をさせる行為」にいう「児童」ということはできないこと明らかであるから、原判決中児童福祉法第三十四条第六号違反の点は犯罪の証明がないものとして無罪となすべきであつたのに、この点につき有罪を認めた原判決には判決に影響を及ぼす事実誤認の違法があつて、原判決はこの点において破棄を免れない。

そしてすでに右のとおり児童福祉法違反の事実にして無罪である以上、同法条違反の事実と観念的競合の関係に立ち、かつ、同法条違反の罪(同法第六十条)の刑をもつて処断すべきものとして原審に起訴され有罪の認定がなされた淫行勧誘の事実は原審たる家庭裁判所の併合管轄の基礎を失い原審としては右事実につき実体的判決をすることはできず、管轄違の形式的判決をなさねばならなかつたというべきであるのに右淫行勧誘の事実につき有罪と認めたのは不法に事物管轄を認めたものともいうべく原判決はこの点においても破棄を免れない。論旨はいずれも理由がある。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百七十八条第一号、第三百八十二条により原判決を破棄し同法第三百九十九条により淫行勧誘被告事件を管轄第一審裁判所たる秋田地方裁判所大曲支部に移送することとする。本件公訴事実中、被告人が昭和二十八年九月頃女中和子こと、T(昭和十年十一年十七日生)に対し売淫を勧誘しその結果同女をして同年十月頃佐々木清高、佐々木正男、斎藤隆夫を相手として売淫させ児童に淫行をさせる行為をしたとの点は前記理由によりこれを認めるに足る証拠なく犯罪の証明がなく無罪であるけれどすでに観念的競合罪の一部たる淫行勧誘の点について管轄第一審裁判所に移送する以上他の一部たる右の点については主文においてこれが言渡をなすべきものでないのでとくに主文でその旨言渡をしない。

つぎに第三六号事件について、

控訴趣意中各原判示第一の事実につき武田セイは夫婦約束をした佐藤健次郎と自発的に性交をしたのであるとして同事実の誤認を主張する部分について、

原審証人武田セイ、同佐藤健次郎の各供述記載(第二回公判調書)及び同人等の当公判廷における各供述によると武田セイは昭和二十八年八月下旬頃から「ひばり」の屋号で飮食店を営業する被告人方に女中として雇われるうちに被告人から男の客をとらないと店が立つていかない、小遣がほしいなら男の客をとれ客をとつたときの料金千円は折半する旨をもつて売淫をなすよう勧誘されきたこと、同女は同年十月中旬頃に至りはじめて同店において佐藤健次郎と性交をしてからその頃一回十一月下旬頃二回同人と情を通じたことを認めることができるが右証拠によれば同女は同年十一月上旬頃同店に通う佐藤健次郎と親しくなり夫婦約束をするまでの仲となつたこと、右の如く佐藤と性交をしたのは同人等が夫婦約束をした後のことであり同女は佐藤から性交の都度小使銭名義で百五十円乃至二百円を貰いうけてはいるが売淫料として被告人の取極めた千円をもらい被告人と折半した事実はないことが認められるのであるから、Tが佐藤健次郎と性交をしたのは被告人の勧誘とは無関係に自ら任意の意志に出たものとみられる疑いが存する。原判決が判示第一の事実として被告人が武田セイを勧誘して佐藤健次郎を相手に売淫をなさしめたと認定したのは事実を誤認したものであつて、右違法は判決に影響すること明らかであるから原判決はこの点において破棄を免れない。そして原判決は右事実と判示第二の事実を併合罪として処断しているから原判決は全部破棄すべきものである。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条により原判決を破棄すべく本件については原審において前記移送された事件と併合審理するを相当と認めるので同法第四百条本文に従い本件を原裁判所たる秋田地方裁判所大曲支部に差し戻すこととし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中兼謙吉 裁判官 岡本二郎 裁判官 兼築義春)

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